大又川の大イワナ  
                 ボクの唯一の釣りの弟子にY氏がいる。Y氏とはボクが山口へ行く前に、近所のスナックで知り合った。彼は金属材を扱う個人会社の社長で近くに住んでいたが、常々釣をしたいと思っていたらしい。しかしなかなかチャンスがなかった。
  当時、ボクは夏はアユ、冬はワカサギ釣りに熱中していた頃で、先ず夏に彼と一緒にアユ釣りに行った。ところがアユの友釣りはそう簡単には釣れない。
  ある日、吉野の奥まで渓流のアユ釣りに行った。ここでたまたま友アユの針にアマゴ(ヤマメ)が掛った。彼はアマゴの綺麗な姿に惚れてしまい、アマゴ釣りをしたいと言い出した。

  そこで、アマゴ仕掛けの作り方、エサの川虫の採り方、釣り場等々一通りの知識を伝授した。またボクの吉野の釣り仲間へも彼を紹介した。
  それ以後、彼は独自で吉野山山系の渓流に足繁く通い始め、瞬く間に腕を上げていった。彼はアマゴを食べることには興味がない。獲物は全て帰りに土地の釣り仲間にバラまいてくる。従って皆からも可愛がられ、いろいろな詳しい情報を得たらしい。
  そうこうしている間に、 ボクが山口へ転職することになり、 その間のことはほとんど知らな
い。僕等が大阪に戻った頃には、彼は吉野でも有名なアマゴ釣り師になっていた。
  
   大阪に帰ってきてしばらく経ったある雨上がり、ボクは久しぶりにドライブがてら吉野へア
マゴ釣りに行った。険しい渓流にはとても行けない。昔行ったことのある比較的優しい谷へ入った。小さなアマゴがソコソコ釣れたが大物はかからなかった。道から川の様子を探りながら帰ろうとしたとき、手前の淵に大きな魚影が動いた。ミミズを付けて下流からそのポイントを狙うと直ぐに当たりがあり、竿が大きくしなった。40cmはあろうかと思う魚影が下流へ走った。竿は重みでたわみ簡単には上がらない。魚に引きずられるようにしながら川下に下り、時間を掛けて魚を弱らし、何とか手元へ寄せ網に入れようとした瞬間、ヤツは最後の力を振り絞り、ジャンプしてから下流へ走った。その瞬間に0.4号のハリスは切れた。

  バラした魚は大きいというのは本当だ。色が黒っぽかったのでアマゴではなくイワナだとわかった。ガックリ来たが、後日もう一度狙おうと思って帰宅の途に就いた。

  その晩、スナックで会った彼に、事の仔細を喋った。それから数日も経たぬ日、彼から電話があり、ボクの話した川へ行って大イワナを釣りあげたという。まさかと思ったが後の祭り。
  彼は釣った大イワナを持って、ボクの家にやって来た。彼でさえ始めて釣った大イワナだという。釣り逃がした大イワナのことを彼の前で喋った方のが悪かった。
  外見は気持ちよく、彼の釣果の現認者になり、イワナを料理して彼と複雑な気持ちで祝杯を挙げた。

       夏はボクはアユ釣り、彼はアマゴ釣りに励んだが、冬は二人で早朝まだ暗い頃から、奈良の布目ダムへよくワカサギ釣りに行った。
  彼が西宮へ引っ越してから、彼はアマゴ釣りは止め、秋には時々河口でハゼ釣りをしていると聞いている。釣ったハゼを沢山持って、何度か近所のスナックへ持ってきてくれた。