私のバードウォッチング


  えらそうにバードウォッチングとはいっても、私の場合はただ家と大学との間に限られた空間での話である。もう少し詳しくいうと、朝7時半から8時半までの極く限られた時間帯で、つまりは大学までの往路、すなわち黒川の自宅から養護学校の西側の畔道を通り抜け、南門から農学部に至る約1.3km、私の足で約2,100歩のコースから見える世界に限るのである。 しかし、たまにはわざわざ石津橋から椹野(ふしの)川の向う岸に
渡り、河川敷き公園の自転車道を遡り、大学前通りから正門に至るルートをとることもある。

 さて、平成8年2月中に見た鳥たちは以下の32種であった。
 スズメ、ハシブトガラス、トビ、ドバト、キジバト、コゲラ、セグロセキレイ、ヒヨドリ、ツグミ、メジロ、エナガ、シジュウカラ、ホオジロ、アオジ、モヅ、ジョウビタキ、ムクドリ、カワラヒワ、カイツブリ、ゴイサギ、コサギ、アオサギ、マガモ、カルガモ、コガモ、ヒドリガモ、ハヤブサ、バン、オオバン、カワセミ、ヤマセミ、ユリカモメ。
 
 このうち、最も感激したのはハヤブサとヤマセミとの出会いであった。
 2月5日晴れ、 朝8時いつもの畔道に差しかかった時、 家畜病院方面(東)から養護学校の上空約100mの高度を 椹野川方面(西)に向かって飛んでくるトビ大の鳥に気付いた。 トビにすれば色が灰色っぽく、 やや尾が長く、 羽も細くするどく尖っており、 はばたくピッチもかなり早かった。 一瞬ハヤブサかなと思ったが自信がなく、 双眼鏡で跡を追ったがスピードが早く民家の屋根に阻まれ見失ってしまった。 がっかりして再び歩を進めようとした時、 10羽前後のドバトの一群が、 今度は椹野川方面から民家の屋根すれすれに、 なにかにおびえたように右往左往しながら東方に飛び去って行った。・・と、その後方の上空に先ほどの鳥が飛来し、 それは明らかにドバトの群れを追っているようであった。 ドバトの群れは家畜病院の上空でやや高度を上げUターンし、 農場の上空約50mの高さで再び西に向かった。 その時、 あとを追っていた例の鳥が羽をすぼめ、 上空からハトの群れめがけて急降下した。ハトはあわてて高度を下げ校舎の屋根すれすれに西に向かった。 大学のキャンパスの上空を舞台に、 2度の攻撃が繰り返されたが、 その都度ハトは低空飛行により難を逃れた。 これではっきりとハヤブサであることが確認できた。 攻撃に失敗した彼は意外にあっさりあきらめ東の空に去って行った。
   
 かつてテレビの記録映画で見たのと同じようなシーンを目のあたりにして、 私はしばし興奮から覚めやらなかった。 その後彼を探しているがまだ再会していない。

 2月11日晴れ、 久しぶりの休日であったが、 大学に行く用事があったので、 かねてから聞いていたヤマセミに会えそうな気がして、 椹野川河川敷を回って行くことにした。すでに2回試みていたが未だ失敗に終わっていた。 よく見かけるという中州から上流にかけての川が大きく開けた対岸の木々を見回したがそれらしき姿はなかった。 今日もだめか、そんな簡単に居るわけがないなあと自分なりに納得した時、 キョツ、 キョツ、 キョツという耳慣れない鳴き声が耳に入った。 声のするあたりを丹念に見ると、 どうやらそれは対岸の比較的低い柿の木の枝に引掛かった新聞紙のようなハト大の物の辺りから響いてきた。 昨年の大水で今でもよくごみがそうとう高い枝に引掛かっているのだ。 まあ念のためにと双眼鏡でのぞいて見てあっと驚いた。 図鑑でよく知っているあの憧れのヤマセミが、 大きな尖ったくちばしをピンと伸ばし、 頭に長い冠羽をぼさぼさ生やし、 白と黒がまだらの粋な出で立ちでチョコナンと鎮座ましましているではないか。 不意の出会いにただただ呆然と見入るだけであった。

 ふと我にかえると、 上流でもキョツ、 キョツ、 キョツ、 と声がした。 そうです、 番いでいたのです。その日は本当に幸せな一日であった。

 それでは、 なぜ私がヤマセミに惚れていたかという理由を明そう。 それは、 かつて読んだ本に、 ヤマセミの羽毛は山女(ヤマメ)釣りの最高の毛針になるとあったからだ。 それ以来私はヤマセミに一目会って見たいと恋い焦がれていたのだ。

 ところでその本とは、 かの有名な『釣キチ三平』である。 そしてもちろん、 あのカワセミをとっつかまえて毛をむしろうなんて考えていないことを誓います。

   
山口大学農学部家畜内科学研究 室誌、No.12、p4-5、May 1996から転載、一部修正