酒の肴

    ボクは酒は嫌いではないが、余り強い方ではなく、その蘊蓄もさしたる興味も持ち合わせ
   ていない。むしろ酒の肴に興味があり、美味い肴があると、酒よりもむしろ御飯が欲しくなる。
   刺身は嫌いではないが少量でよい。特に最近は、刺身よりむしろ発酵食、漬物、煮物、干物
   に嗜好が傾いている。

    日本には地方により、それぞれの土地には必ず美味い酒と肴がある。そんな美味い肴に出会
   うと何とかそのレシピを聞き出し、自分で作って試してみたくなる。酒の銘柄や味はすぐに忘
   れてしまうが、肴の味は忘れない。

    ボクが好きな酒の肴で、今でも時々作るものを列挙すると、アユのうるか、アユの白子と卵
   巣のうるか。イワナの胃の塩辛、イカの塩辛、鶏のスナズリとワケギの酢味噌和え、なめろう、
   イカ肝の味噌付け、サケの氷頭(ひず)なます、ちりめん雑魚・紫蘇・山椒などのミックス佃
   煮、とうふよう、それにアユ、アジ、サバ、サケなどの干物や燻製、白菜の浅漬などである。

    “うるか”については「山口県のアユ釣り」で述べたので省くが、材料が谷川の清流のコケを
   食べたアユの内臓でないとお話にならず、釣り人だけが作り味わえる一品だ。土産物屋で売っ
   ているものに本物はなく、それは材料を考えればすぐに判ることだ。
アユの卵巣や白子も、塩
   辛にすると美味い。特に白子の塩辛は絶品だ。そのために11月(場所により季節は異なる)の
   産卵前のアユを狙う。
 
 
   イワナの胃の塩辛も釣り人だけが食べられる珍味中の珍味で、東北のイワナ釣りで漁師から
   教わった。新鮮なイワナ・アマゴ等の胃を割いて中身を良く洗い出し、これに少量の酒、みり
   ん、塩、味の素で適当に味付けし、冷蔵庫内で時々かき混ぜて7日以上置き生臭さがなくなれ
   ばでき上りだ。胃の平滑筋のコリコリ感が何とも歯ごたえが良く美味い。天然魚のそれに勝る
   ものはないが、養殖ものでも結構楽しめる。また他の魚でも応用可能だ(アマゴ、マスでは実
   証済み)。

   鶏のスナズリも似た歯ごたえで、これは山口市内のあるバーで教えてもらった。新鮮なスナ
   ズリを薄く短冊状に切り、ワケギと酢味噌和えにし、冷蔵庫内で数時間置いた後に食べる。                  

     
イカの塩辛は新鮮なイカが入手できれば簡単に作れる。要はイカを細断し、キモ、酒、塩、
   みりん、味の素を適量入れ味を調え、時々かき混ぜながら冷蔵庫内で1週間以上寝かすだけだ。

    イカの肝の味噌漬けは小樽の飲み屋で初めて食べて感激し作り方を教わった。濃厚なイクラ
   に似た味だ。新鮮なイカの肝を破らないように取り出し、あら塩をたっぷりふりかけ冷蔵庫内
   で数時間寝かせ水分を抜き、その後ガーゼに包んで、好みの味付けをした多めの味噌に1カ月
   以上漬け込む。時間を置けば置くほど風味が増し美味い。

    “なめろう”は珍しくはないが、これも漁師料理で、新鮮なアジの身を包丁で細かく叩き切り、
   醤油、ネギ、ショウガなど適当な薬味を入れかき混ぜて食べるのだが、ボクは熱いお茶漬けに
   するのが好きだ。

    サケの氷頭ナマスは元来北海道や東北地方の郷土料理で、正月になると母が必ず作ってくれ
   た酢のもので、塩鮭の頭の皮と軟骨から浸み出る油のうま味と歯ごたえが、大根やニンジンの
   千切りと良くマッチし、いくらでも食べられた。最近、どうしたことか冬に塩ザケの頭が売っ
   ておらずなかなか作れない。余談だがボクは塩鮭は頭か、カマしか食べたくない。身は余り美
   味しいと思わない。

    ちりめん雑魚の佃煮はどこでも入手できるが、自家製が一番美味い。紫蘇、山椒を沢山入手
   した時に今でもよく作る。材料を適当量と醤油、みりん等で適当に味をつけ、予め湯がいた紫
   蘇や山椒をフライパンで煮て水分を飛ばせば出来上がりだ。ボクは山椒をたっぷり入れるのが
   好きだ。毎年青い山椒が売り出される頃、1kgほどの実を購入し、薄い塩水で茹で、水分を
   切り小分けして冷凍保存しておき適時使っている。

    “とうふよう”を初めて沖縄で食べたときの感激は今も忘れられない。これもピンからキリが
   あり、値段により美味さが違う。当然美味いほど高い。これを作ってみようといろいろ文献を
   当ってみたが、紅コウジを使わなくてはならず、製法がやっかいなので諦めた。ところが奈良
   県十津川村で、宿の酒の肴に出た豆腐の漬物が “とうふよう” に少し似ており美味かったので、
   その製法を聞いたところ、豆腐をよく水抜きし、これをモロミに漬け込んだものだという。

    
帰って早速作ってみたが、そこそこのものはできたが、市販のモロミでは十津川で食べた味が
   どうしても出ないので止めた。実はこれと同じ豆腐を、アマゴ釣で行った九州の五木村の宿で
   も食べたことがあり、その時も仲居さんに製法を聞いたが、購入したもので判らぬということ
   だった。これは一種の保存食で、非常に離れた奥深い山里で偶然同じような豆腐を食べ、昔平
   家の落人などによって伝えられたものではないかなど、勝手な空想をしたのを覚えている。

    魚の干物やいろいろな燻製も、新鮮な材料が命だ。従って釣り好きでないとなかなか良い材
   料が得られない。釣りたてのサバ、アジ、アユ、イワナ、アイゴなどの一夜干しも美味いが、
   特製のイワシのミリン干し、さらには特製のピックル液に漬けた後燻製にすると、また違った
   味や香りが楽しめる。一時は燻製に凝って、燻製だけで一文が書けるほどだが、結局作る本人
   は製造過程の燻煙の匂いに負けてしまい、苦労の割には余り美味しく感じられず、また火事を
   起しそうになったこともあり止めてしまった。今でも材料は倉庫に眠っているが、燻製は他人
   が作ったものを戴くに限る。
    2002年の夏、大阪府大卒の小動物臨床科家の釣り仲間らとロシヤのサハリンへイトウ釣りに
   遠征した時、お土産にサケの燻製を多量に購入したのを思い出す。

   山口では一時期、漬物作りに凝った。塩漬け、ぬか漬け、麹漬け、キムチ等々、いろいろな
   漬物作りに挑戦した。キムチ作りにはわざわざ下関の卸売場までゆき、本場の唐辛子や塩辛、
   種々のスパイスを購入し、特製の美味いキムチを作った。北海道の鰊漬けにも挑戦したが、と
   うとう納得のゆくものは作れなかった。原因は寒さ不足と判った。現在も冬になると一番簡単
   な白菜の浅漬けを作って楽しんでいる。有名なクサヤも発酵食だが、匂いは別として、味その
   ものは素晴らしい。

   こうした酒の肴作りに最も重要なのは塩や醤油であり、これにもいろいろ種類があり味が違
   う。調理により使う塩は異なるが、やはり天然塩が美味い。今でも地方へ出れば、その地の酒
   よりも特産の塩、醤油、味噌に興味が向いてしまう。

    アユが沢山釣れた年には、ボク用の冷凍庫はアユでいっぱいになる。保存用の細長いビニー
   ル袋に1匹づつ少量の水と共に空気を抜き冷凍する。こうすると約1年ぐらい味は変わらず保存で
   きる。正月には1匹1匹コブで巻き、じっくり時間をかけ甘露煮を作る。これは実に美味い。

    上記に挙げた酒の肴の多くは発酵食だが、ボクは種々の食べ物の中で発酵食ほど味わい深く、
   美味いものはないと常々思っている。そもそも酒自体が発酵飲料だから、その肴に発酵食が合
   うのは理に適っているのかも知れない。