山口県のアユ釣り(思い出) 
 
            アユ釣りの話はすでに何回か書いているので、少し重複するところもあるが、ここではボ
    クが経験した山口県のアユ釣りにしぼり、思い出を書いてみた。
            大阪から山口へ移ってからも、夏には暇を作ってはよくアユ釣りに行った。県内で有名な
           アユの川は、何といっても島根県との県境を日本海へ流れる高津川、広島県との県境を瀬戸
           内に流れる錦川だ。しかし両河川とも自宅から車で2時間以上はかかり、ほんの数回しか行
           けなかった。
            一番通ったの自宅から10分もかからぬ椹野川、ついで376号線で荷卸峠を下りきった徳地
    伊賀地を流れる佐波川だ。
            椹野川では特に大学と湯田温泉をつなぐ秋穂渡瀬橋の上、下流の瀬、その下の石津橋下の
    淵が絶好のポイントで、ちょっとの暇を見つけては良く通ったものだ。何時も菅笠を被り、
    何処のオッサンか判らぬ格好で釣っていたから、恐らくほとんど誰にも気付かれていないと
    思う。
            アユ釣りは、餌釣り、毛ばり釣り、引っ掛け、友釣りと大まかに4つの釣法がある。どれ
           もやったが、一番よくやるのは「友釣り」で、次いで「引っ掛け」だ。大方の有名河川では
           時期や場所によって釣法が制限される。
            友釣りは、尾の後ろに掛け鈎を付けた友アユを、縄張りを張っている野アユの領域に入れ、
    追い出そうとして突進してきた野アユがその掛け鈎にかかる。
            山口の川はどこも囮屋がほとんどない。したがって友アユは自分で引っ掛けて獲るしかな
           い。関西でも引っ掛け(コロガシともいう)をしたことはあるが、普通は禁止で、秋も深まっ
           た落ち鮎の時期に限り許される。確実に引っ掛けで友アユを獲るという技は、実は山口で初
           めて会得した。引っ掛けは川底に沢山の鈎を付けた糸を流し、泳いでいるアユを引っ掛ける
           技法だが、先ずアユが何処に居るかがわからねばならないし、アユは底石すれすれを泳いで
           いるから、下手をするとすぐに川底の石やゴミに引っかかり鈎を失ったり、ハリスが切れて
           しまう。見かけは簡単そうでも、実はなかなか高度な技術が必要な釣りだ。しかし何事も修
           練で、みるみる腕は上達し、少なくとも1時間以内に確実に囮鮎が獲れるようになった。ボク
           の引っ掛けの技術の習得は、実はこうした山口での止むに止まれぬ事情によるものだ。
           これもすでに書いたことだが、山口のアユ釣りで一番驚いのは、釣り人が非常に少ないこ
          とだった。有名な高津川、錦川を除いて、他の川はどこへ行っても釣り人が少なく、始めは
          釣れないのではないかと思ったぐらいだ。関西では「一瀬50人」と言われるほどの混みよう
          で、本当に信じられないことだった。釣り人の少ない川で釣るというのは関西では夢だ。こ
          の夢が山口で初めて叶えられた。これはと思う瀬で鮎がドンドン掛かった。一瀬一人で夢中
          に釣りまくった。実に爽快だった。
           しかし少し慣れてくると、何かもう一つ面白くない。何かが欠けている。考えてハタと気
          付いた。観衆がいな。大きな観衆の居ない球場で野球をしているのと同じだ。野球ならまだ
          しも自分のチーム、相手のチームメートが居るが、球場で一人で玉遊びをしているようなも
          のだ。実は釣り人は自分が釣ったとき、周囲からの羨望の眼を感じ、悦に入っているのだ。
          釣り人の多いのは確かには釣りには邪魔だが、釣れた時に実はそれにも勝る優越感を味わっ
          ているのだ。この事実を初めて身をもって気付かされた。その点、山口のアユ釣りはどこか
          寂しく、何か物足らなかったが、これも慣れで、その後次第に感じなくなった。
           山口県のアユは一部放流もされているが、海産ものも多い。一般に海産ものは小振りだが
          アユの追いが良い。
           県内ではやはり高津川、錦川のアユの味が良い。椹野川も年々水が綺麗になり、それにつ
          れアユも美味くなったが、上流へ行けば行くほど良い。佐波川はダムより上流は良いが、ダ
          ムより下流では鮎は大きいものの味は最低だ。上流のダム底の水が流れ込み、川の水は常時
          茶色いし一種独特の臭いもあり、川底の石も茶色い。それでも川幅があり、大アユが釣れる
          からよく通ったものだ。
           日本の川はほとんど上流にダムがあるから、どこの川も似たようなものだが、本当に内臓
          まで美味い鮎を食べたかったら、ダムより上流の谷川を狙うしかない。
           佐波川もダムより上流は綺麗な自然の谷川で、その水で育ったアユの内臓を集め、適量の酒、
          塩、味の素を入れて1週間以上冷蔵保存して作る「うるか」は酒の肴に最高だ。
           ダム下の佐波川のアユも、背開きにして少し塩をして一夜干しにして食べると結構ビール
   に会い美味い。さらにそれを燻製にすると逸品ができる。こうして作ったアユの燻製を、時々
   湯田温泉の贔屓の店に持ち込み、飲み友達らに振る舞ったものだが、ママから「一匹500円で
   も買うから作ってくれ」と言われたほどの逸品だ。そのママもすでに癌で亡くなった。
         アユは何と言っても塩焼きだ。その方法についてはすでに書いたので詳しくは省くが、ボク
         は通販で購入した特製の陶器の串焼コンロ*を使用している。これを使って焼くと、まるきり
         味が変わってしまうほど上手く焼ける(*「アユの塩焼き」参照。串焼ろばたコンロ(株)キ
         ンカ、現在でもあるようだ)。全て魚は串に刺し、立てて遠火でじっくり焼くのが美味い。
          当時夏の学園祭で、獣医学科の学生等がアユの塩焼きをするというので、この方法を伝授し、
        当日にはコンロ一式を貸してやった。案の定、アユの塩焼きは大繁盛で、瞬くうちに予定数が
        売り切れ、再度アユの購入に走ったという。それ以降、獣医学科のアユの塩焼きは大人気で、
        毎年この季節になると、コンロを貸して下さいと学生等がやってきたものだ。
         すでにFacebookにも書いたが、野外実習の引率を忘れアユ釣りに興じていた事件は、今と
        なっては良い思い出だ。自然豊かな山口でこその出来事である。
         こうして書くと、何か遊んでばかりいたようだが、現実はそんなに甘いものではなかった。
        思い出話というものは、全てを美化し楽しさだけが残る。